
宇野 千代 著 新潮文庫
1965年 324円(本体)
宇野千代さんが苦しんで苦しんで、10年の歳月をかけて書き上げた作品。「妻のおはん」と「愛人のおかよ」の間を、その場の感情だけで揺れ動く優柔不断な男…。その男の「語り」という形で話は進んでいく。男が語る方言も住んでいる場所も、全てが筆者の創作とのことだが、その不思議な世界に吸い込まれてしまいそうだ。最初から最後まで全くぶれがないこの作品の上を、10年の月日が過ごして行ったとは信じ難い。短編といってもいいこの小説のことを毎日毎日、頭に置いていた月日を思うと、筆者の作家としての執念のすごさを感じないではいられない。

星間商事の社史を作るべく社史編纂室があるのだが、どうにもゆるい。室長は出社している様子が無く、課長は定年直前、社史もバブル崩壊で50周年に発行できず、60周年にも間に合わず。新たに配属になった係員たちがついに発行するべく、資料収集に乗り出す。ある事象にたどり着くと上層部からの横槍が。どうやら、星間商事には隠された過去があるらしい。核心に迫った係員たちがたどり着いた真実とは。コミケあり、文学青年崩れの課長あり、なぞの小料理屋女将あり、軽快なミステリー風スチャラカ小説。なかなかどうして、コミケに絡めてうまいこと謎解きしていくのよね〜

田辺 聖子 著 角川文庫
1987年 476円(本体)
聖子さんの作品の大阪弁は、いいなぁ。何とも言えないリズムと温かさがあって。この本には、9つの短編が収録されているが、どれも大阪弁が効いている。私は、もう長いこと大阪に住んでいるけど、こういう大阪弁を話す人はあまり知らない。方言も、方言で書かれた文学も、そのうち絶滅してしまうのかもしれない。表題の「ジョゼと虎と魚たち 」は、泣きたいくらいきれいな作品。

柳 広司 著 角川グループパブリッシング
2008年 1500円(本体)
昭和初期、陸軍内部に極秘で作られたスパイ組織D機関。モットーは殺人はするな、自殺禁止。なぜなら存在が無いことがスパイだから。当時の軍律と相反する思想ゆえ、軍部からは疎まれていた。ってな設定で、東京、ロンドン、上海と、青年スパイが暗躍する。ストーリー展開も登場人物もニヒルでクール、でもってちょっと切ない。単なるスパイ小説には終わらないドラマをご堪能くださいませ。
奥田 英朗 著
講談社文庫 2005年 590円(税別)
40代の男性管理職を主人公とした5話。部下の女性に恋をしてて部下の男性に焼餅をやいたり、進学せずダンサーになるという息子に苛立ったり、自分がつくはずだった花形管理職の椅子に海外帰りの女性がついたり・・・。さまざまなきっかけで、今まで疑いもしなかった自分の働き方や生き方を見つめ直す主人公たち。どこにでもありそうな話なんだけど、葛藤しながら少しづつ変化していく主人公たちの姿がとても好印象。